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【ご家族インタビュー】vol.1 在宅介護を経て、それぞれが彩りのある暮らしを。(N様/お母様がアライブ浜田山に入居)

「何が一番怖かったかというと、このまま介護を続けていたら私が母を虐待してしまうのではないかということでした」

現在95歳のお母様が入居されているN様は、ご自身の介護生活をこう振り返ります。

N様のお母様がアライブケアホームに入居されたのは2019年4月のこと。お母様は当時92歳。それまで、ひとり娘のN様と4年間、同居されていました。

80代半ばまで現役の婦人科医師として活躍されていたお母様は、89歳まで元気に一人暮らしをしていましたが、家の中で転倒して骨にヒビが入り、一ヶ月の入院生活を余儀なくされました。N様は近くに住んでお世話をされていましたが、医師の助言もあって同居を決断。N様の介護生活が始まります。しかし、それは想像以上に困難なものでした。

「とにかく大変だったのが、母の排泄と入浴の世話でした」

お母様は長年、勤務医として重いカバンを肩から下げて通勤していたため、背骨がS字に曲がる脊柱菅狭窄症せきちゅうかんきょうさくしょうを患っていました。加齢などの影響もあり、すっかり足腰が弱ってしまったお母様の排泄と入浴の世話を、N様は女手ひとつでやらなければいけません。自分の時間はすべてお母様のお世話に費やし、睡眠時間もまともに確保できませんでした。

「ヘルパーさんに相談して、入浴つきのデイサービスにお世話していただくことも考えましたが、母は医師として患者を診る側だったこともあり、誰かに世話をされることに抵抗があったようで、『知らない人に裸を見せたくない』と断られてしまいました。大勢の人と過ごすより、ひとりで読書を楽しんでいたいタイプだったんです」

利用できそうなデイサービスを調べてみても、家から遠かったり、顔馴染みのないケアマネージャーを家に上げるのに抵抗があったりとなかなか上手くいきません。ひとりきりの介護の日々は続き、N様の負担は増すばかり。女同士ということもあり、お互いに遠慮もなく、お母様とぶつかり合うことも少なくありませんでした。

「90歳を過ぎて足腰の弱った母が動けないのはわかっていましたが、『どうして私ばっかり!』という思いに駆られることも少なくありませんでした。たとえば、お小水を吸った紙おむつはずっしり重くて、捨てにいくのも一苦労。『ママ、これ持ってみてよ!』と突きつけたこともあります。内心、申し訳ないと思っていても、つい言葉が強くなってしまうんです」

介護を続けて4年で4キロ痩せたというN様。最初は「ダイエットが必要なくていいわ」と思っていたそうですが……。

「母が『アライブ浜田山』に入居した後、友達から『今だから言うけど、この人は死ぬんじゃないかと思った』と言われました。当時は、よっぽどやつれていたんでしょうね」

当時のことを明るく振り返るN様は快活そのものという印象ですが、お母様を介護していた当時は会う人ごとに「大丈夫?」と心配されていたそうです。

アライブ浜田山を選んだ理由
そんな折、N様は自宅にポスティングされていた「アライブ浜田山」のパンフレットがあったことを思い出します。距離は家から自転車で10分足らず。「問い合わせてみたら『残り2室です』と言われて、急に気持ちが焦りはじめました」。

もう一つ、N様を後押ししたのは、ご近所の方たちの口コミでした。N様の介護疲れを心配していた、かかりつけの眼科医の先生が、アライブについて「すごくいいところだから、選択肢として考えてもいいと思いますよ」と話すのを聞き、N様はとても安心したそうです。なんと、行きつけにしていた美容師さんも、お店のお客さんである民生委員の方からアライブの良さを伝えられており、N様はそれを聞いて、決断に心が大きく動いたのだとか。

さっそく「アライブ浜田山」を見学に訪れたN様の目を惹きつけたのは、玄関や中庭で咲きほこる色とりどりの花々でした。

「お部屋を見る前に『ここにしよう!』と決めました。お花の手入れって、小さな花壇でも大変です。お花をこれだけお世話できるということは、それだけ施設全体に“ゆとり”があるという証拠。『ここなら大丈夫!』と思わせてくれました」

安心感はアライブで働くスタッフからも伝わってきたとN様は言います。

「案内していただいた入居相談室の小林さんがとても穏やかで、こちらが聞いたことに何でも丁寧に答えてくれました。まず、あの方の存在が安心感につながりましたね。窓口の方たちも、みなさんとても丁寧にいろいろ教えてくださいましたし、スタッフのみなさんも初対面の私に素敵な笑顔で挨拶してくれました。いろいろな意味で、とても素敵な場所だと感じて、不安はまったくありませんでした」

自宅から歩いていけるぐらいの場所に、近所でも評判の介護付きホームがあったこと、ちょうど2室だけ空室があったことについて、N様は「本当に運が良かった」と振り返ります。見学を終えて入居を即決したN様は、お母様とともに手続きを行い、慌ただしく引っ越しが行われました。

入居後の気持ちや生活の変化
「アライブ浜田山」に入居したお母様を見て、本当に幸せそうだと思っていたというN様でしたが、その後、お母様の本当の気持ちを知ることがありました。

「私が一気に決めてしまったせいもあって、母はあまり自分の意見を言いませんでした。こちらのお風呂にも、当初は戸惑いがあったようですが、強い抵抗はしませんでした。ただ、私のほうも母の気持ちを深く考えられなかったのも事実です」

お母様の気持ちがわかったのは入居して半年が経った頃。話の途中、N様にポツリとこう漏らしましました。

「でもね、知らない人たちの間にいるのは、それなりに気を遣うものよ」

お母様の言葉を聞いて、N様の心の中には「もう少し母の介護を、自宅で頑張れたのではないか」と葛藤が生まれたといいます。しかし、ストレスを抱えたまま介護を続けていれば、2人の生活はどうなってしまっていたかわかりません。

昨年、お母様は胆石を患い、3回ほど入院することになりました。アライブから電話で知らせを受けたときは驚いたというN様でしたが、入院の手続きの補佐や退院後のケアも含めてアライブのスタッフに任せることができたのは、「とてもありがたかったし、心強かった」と振り返ります。ひとりでお母様の介護をしながら、入退院のケアを行うのは、物理的にも精神的にもとても大変だからです。

N様は「アライブ浜田山」でのお母様の暮らしを、「人間らしい暮らし」と表現します。

「入居前、介護認定していただいた方とお話していたとき、母がずっと家にいることを正直にお話したら、『つまり、“ひきこもり”ということですね』と言われました。思ってもいなかったことですが、たしかに私以外とはほとんど誰とも話さないし、外からの刺激もない状態が続いていました。それは母にとって、“ただ生きているだけ”だったのかもしれません。

アライブでは、まわりのご入居者の方たちとの会話もありますし、書道や生け花のようなレクリエーションの時間もあります。スタッフの方たちも、母を根気よく誘ってくれるそうです。それは母にとって、大きなことだと思います。とても人間らしい暮らしができているのではないでしょうか」

コロナ禍の前には、「アライブ浜田山」のご入居者のみなさんと一緒に、新緑の季節に皇居や東京タワーへのバスツアーを楽しんだこともありました。家族一緒に遠くまで出かけることなんて、介護生活が始まってからは一度もなかったこと。お母様もバスツアーのことをよく覚えていらっしゃいました。

自分の子を育てながら、懸命に婦人科医として激務をこなしていたお母様の姿を、N様は誰よりも間近で見てきました。だからこそ、穏やかに暮らしてほしいという気持ちがとても強くあります。

「母には、お花がたくさん咲いているアライブさんで、幸せに余生を暮らしてほしいですね。そのために大切なのが、なによりも“人”です。ホーム長さんをはじめ、スタッフの方たちには本当に助けていただきました。最初に見学したとき、パッとみなさんから笑顔で挨拶していただいたときの安心感は間違っていなかったんだな、と実感しています。家族を預ける側として、一番大切なのは安心感ですからね」

取材・文:大山くまお