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えみ様(仮名97歳)がご逝去されました

※本来はイニシャルなどにすべきところですが、笑顔の思い出ばかりなのであえて「えみ様」と仮名をつけさせていただきました
アライブ浜田山で14年、徐々に食事が食べられなくなり起きることもできなくなってきたえみ様。ご家族と医師、ホームの話し合いの結果は無理な延命をせず「食べられるときに食べられるものを食べられるだけ」。ホームで馴染みのスタッフに囲まれて安心した最期を過ごしてもらいたいとご家族からご希望をいただきました。少し前に入院したことがあり、ストレッチャーで退院されたえみ様がホームの玄関が見えた途端に花が開くように笑顔をお見せになりました。「あんなにぐったりしていたのに。本当に安心した。母のためにここで」

多才でおしゃれが大好きで、ユーモアがあって、お庭が大好きなえみ様。新しいご入居者に優しく気を配り、新人のスタッフを励ましてくださいました。そんなえみ様に最期までえみ様らしくお過ごしいただきたいと居室担当者はえみ様が好きな音楽を選びCDをかけました。ベットからご家族の写真や好きなものが見えるように工夫しました。そして馴染みのスタッフが夜勤の日の真夜中、眠るように微笑んで旅立っていきました。スタッフが心を込めて、まるで今から外出するようなおしゃれをしてお気に入りのスカーフを首に。えみ様らしい薄化粧で横たわっているえみ様に、娘様がご自宅からお持ちになったお着物を掛けました。以前、旅立つときには自分で縫ったこの着物とともに棺に入れるよう言われていたそうです。

東京で荼毘に付して葬儀は菩提寺があるM県で行い納骨されるとのこと。

ご逝去の後ホームで1日過ごしていただきスタッフ全員で献花。M県から駆けつけたご親族とともに納棺。花に埋もれたえみ様をご家族、ご親族とともに当日出勤のスタッフ全員(厨房もクリーンさんも)で見送りました。

最期の言葉は「ありがとう」

最期の数週間は言葉数が少なくなりました。それでもスタッフがお庭の花を飾ると「かわいいわね」大好きな庭に出られなくなったえみ様のために庭の写真を大きくして壁に貼ると「まぁきれい」痛みや不安が無い様にスタッフが身体の向きを変えたりフット・ハンドマッサージをすると「ありがとう」。いつも笑顔を絶やさないえみ様が最後まで残した言葉でした。ご逝去の前日には娘様の手をしっかり握り返してくださったそうです。「心残りなく見送れます」と娘様も笑顔で仰ってくださいました。

今でもえみ様の包み込むような笑顔と優しい声が聞こえるような気がします。えみ様が大好きだった紫陽花の花がキラキラと雨粒で輝いています。葬儀の後、ご挨拶にお越しいただいた娘様に、お庭の紫陽花を花束にしてお渡しいたしました。スタッフ全員の心からの感謝を込めて。そしてご家族の皆様のこれからが幸せであることを祈って。

旅立たれることは自然なことと頭で理解していてもとても寂しい思いがします。私たちの仕事は「その方らしく、良く生きていただくこと」スタッフそれぞれが今できることを精一杯やる ことで、やがて思い出になったときにその方との何気ない会話や、笑顔を交し合ったことや励ましていただいたことを思い出せたなら本当に幸せなことだと思います。