2026年8月17日
皆様、こんにちは。
アライブ世田谷中町ホーム長の厚地です。
暑い日が続く一方で、突然のゲリラ豪雨など、不安定な天候も続いております。
皆様、どうぞお身体には十分お気をつけてお過ごしください。
突然ですが、皆様にとって「家族」とは、どのような存在でしょうか。
あまりにも身近で当たり前の存在だからこそ、私自身、これまで「家族とは何か」と改めて考えることは、ほとんどありませんでした。
ところが最近、プライベートでちょっとした出来事があり、ふと「家族とは何なのだろう」と考える機会がありました。
きっかけは、本当に些細なことです。
お恥ずかしい話ですが、これまでも妻とはよく喧嘩をします。
……と言っても、いつも一方的に私が責められているような気もしますが(笑)。
そして、数日も経てば、何事もなかったかのように、またいつもの生活に戻っていきます。
今回も「いつものこと」と思っていたのですが、なぜか今回は、心の中に少しモヤモヤしたものが残りました。
「自分は、なぜこんな気持ちになっているのだろう」
そんなことを考えているうちに、幼い頃の自分を思い出しました。
私は幼い頃に父を亡くし、母が一人で私たちを育ててくれました。
母は一人で、一生懸命に私たちへ愛情を注ぎながら育ててくれました。
それでも幼かった私は、周囲の友人たちを見ながら、両親と子どもがいる家庭に憧れを抱いていました。
そして社会人になり、結婚し、子どもを授かりました。
自分が父親になる。
かつて自分が憧れていた「家族」を、自分自身がつくることができた。
そのことが本当に嬉しかったことを覚えています。
一方で、父親という存在を知らずに育った私には、
「自分はちゃんと親になれるのだろうか」
「家族を守ることができるのだろうか」
という不安もありました。
だからこそ、自分なりの「父親像」を持ちながら、家族を守るために日々を過ごしてきたように思います。
我が家は共働きです。
私自身も、できる限り育児や家事に関わり、妻だけに負担がかからないようにしてきたつもりです。
「自分なりに家族を守っている」
「これでいいのだ」
そんなふうに思いながら、今日まで家族との時間を過ごしてきました。
もちろん、長い時間を一緒に過ごせば、意見がぶつかったり、行き違いがあったりすることもあります。
それでも、そうした出来事を一つひとつ乗り越えながら、家族としての絆を深めていくものなのだろう。
私は、そんなふうに考えていました。
今回の出来事も、長い家族の時間の中にある、一つの出来事に過ぎなかったのかもしれません。
では、なぜ今回、こんなにも心に引っかかったのか。
改めて「家族」について考えてみました。
哲学の世界では、家族とは、
「単なる血縁や共同体ではなく、人が最初に愛や倫理、社会性を学ぶ大切な出発点であり、時代や社会の変化によって、その形や意味も変わり続けるもの」
と捉えられるそうです。
正直なところ、私には少し難しい話です(笑)。
ただ、この言葉を自分なりに考えてみると、「家族」というものには、決められた形があるわけではないのだと思いました。
時代や環境が変われば、その形も変わる。
そして、「父親とはこうあるべき」「家族とはこうあるべき」という答えも、一つではないのかもしれません。
父親を知らずに育った私は、これまで自分なりに「父親とはこういうものだ」と考え、家族を守ろうとしてきました。
しかし今になって思うのは、家族を守るということは、何か特別なことをすることではないのかもしれない、ということです。
お互いを大切に思うこと。
困ったときには支え合うこと。
安心して自分らしくいられる場所をつくること。
そうした日々の積み重ねによって、家族という関係が育まれていくのではないでしょうか。
そして、ここで私は、もう一つのことに気づきました。
私がアライブに入職してから、これまで以上に考えるようになった、
「人としてどうなのか」
「人として成長するとはどういうことなのか」
ということです。
社会人になってから、ここまで真剣に「自分は人としてどうなのか」と考えたことは、正直あまりありませんでした。
年齢を重ね、人生経験を積めば、自然と人として成長していくものだと、どこか当たり前のように思っていたのだと思います。
しかし、今回改めて考えました。
「家族」や「父親」である前に、一人の人間として、自分はどうなのだろう。
その上で、
「私は父親として、本当に家族を大切にできているのだろうか」
「家族を守るとは、どういうことなのだろう」
そんな問いが、自分の中に浮かんできました。
そして不思議なことに、そう考えてみると、これまでよりも少し気持ちが楽になりました。
「父親としてこうあらねばならない」と考えるのではなく、まず一人の人間として、自分自身を振り返ってみる。
そうすることで、妻の言葉や家族との出来事も、以前より少し素直に受け止められるような気がしました。
さらに「家族とは何か」を考えていく中で、私たちが以前からお伝えしている「居心地の良さ」という言葉が頭に浮かびました。
本当の家族とは、血のつながりだけではなく、
お互いを大切に思い、安心できる絆を、日々の暮らしの中で少しずつ育んでいく関係。
一緒にいて心が落ち着き、自分らしくいられる。
困ったときには手を差し伸べ、お互いを見守る。
これは、まさに私たちが介護で大切にしていることと、重なるのではないでしょうか。
以前もお話ししましたが、介護の基本の基は、「その方の居心地の良さ」だと私は考えています。
安心できる場所があること。
自分らしくいられること。
そして、困ったときには誰かが手を差し伸べてくれること。
これらは、家族にとっても、ご入居者にとっても、とても大切なことなのだと思います。
そして、もう一つ。
「困ったときに手を差し伸べ、お互いを見守ること」。
これは、まさに私たちが大切にしている「慮る心」そのものです。
相手の立場に立って考える。
相手の気持ちを想像する。
言葉になっていない思いにも目を向ける。
私たちが介護の仕事で大切にしている「慮る心」は、決してご入居者やご家族に対してだけのものではありません。
一緒に働く仲間に対しても。
そして、自分自身の家族に対しても。
同じなのだと思います。
そう考えると、私自身、まだまだ家族に対する「慮る心」が足りていないのだと気づかされます。
仕事では「相手を思いやろう」と言いながら、家に帰れば、「家族だから分かっているだろう」と、どこか甘えてしまう。
今回の出来事は、そんな自分自身を見つめ直すきっかけになりました。
これからは、家族に対しても、もっと意識して「慮る心」を持ちたいと思います。
相手の言葉を最後まで聞く。
相手の立場になって考える。
「家族だから分かっている」と決めつけない。
そんな小さなことから、一つひとつ実践していきたいと思います。
そして、これは私が携わる介護の仕事にもつながっていると感じています。
自分の家族を大切にすることができなければ、ご入居者やご家族を本当の意味で大切にすることはできない。
家庭がうまくいかず、自分自身も苦しい状態では、私たちが大切にしている「ウェルビーイング」を実現することも難しいでしょう。
自分が幸せでなければ、相手を幸せにはできません。
自分自身が心穏やかに、幸せに生きる。
そして、その幸せを周囲の人にも広げていく。
それもまた、「人としての成長」の一つなのだと思います。
今回は、少し個人的な話になってしまいました。
「家族とは何か」という、当たり前すぎて普段は考えることのなかったことを、今回の出来事をきっかけに改めて考えてみました。
まだまだ私自身、学びの途中です。
だからこそ、これからも「慮る心」と「人としての成長」を大切にし、自分自身を磨き続けていきたいと思います。
そして、その学びをホームでのケアや、ご入居者・ご家族との関わりに活かしていけるホーム長でありたいと思います。
家族にも、仲間にも、ご入居者にも。
相手を思い、相手の立場に立って考える。
そんな「慮る心」を大切にしながら、これからもアライブ世田谷中町のホーム運営に携わってまいります。




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