2026年6月1日
平素よりアライブ目白の運営に、温かいご理解とご協力を賜り、心より御礼申し上げます。
ホーム長の柳町です。
病院から戻られて間もない頃、
その方にとって食べることは、
まだ慎重に扱わなければならない出来事の一つでした。
何を口にできるか。
どのくらいなら無理がないか。
その日の体調に、どこまで左右されるか。
食事は、
楽しみというより、
まず確かめながら進めるものでした。
そんな中、
その方がふいに言われました。
「柿の種が食べたい」
大きな願いではありません。
ごちそうの名前でもない。
けれど、その一言は
食事の話だけでは
収まらないものを含んでいました。
もちろん、
思いだけでは進めません。
嚥下のこと。
食事形態のこと。
水分のこと。
どこまでなら安全で、
どこから先はまだ早いのか。
私たちは、
その方の「食べたい」に近づこうとしながら、
同時に、
急ぎすぎないようにもしていました。
たった一つのお菓子のために、
と思われるかもしれません。
けれどその方にとってそれは、
ただの間食ではなかったはずです。
やがて、
少しずつ食べることの幅が戻ってきた頃、
その日が来ました。
職員が袋を手にすると、
その方はすぐに気づかれました。
「あ。」
声が、少しだけ明るくなりました。
袋の口が開く。
乾いた匂いがする。
小さな粒が、
掌の上に出される。
その方は、
すぐに口へ運ばれました。
急いで食べるでもなく、
懐かしがるふうでもなく、
ただ、
ずっとそこにあったものの続きを
ようやく始めるような食べ方でした。
しばらくして、
小さく仰りました。
「おかわり」
その一言を聞いたとき、
私たちもようやく少しだけ
息をつけた気がしました。
ただ、
話はそこで終わりませんでした。
困ったのは、
そのあとです。
食べられるようになると、
今度は本当によく召し上がるのです。
「もう少し」
「あとひとつ」
「まだ大丈夫」
袋のほうへ手が伸びる。
職員はそのたびに、
少しだけ迷います。
ここで止めたほうがいい。
でも、止めすぎたくはない。
食べられなかった方に、
どう食べていただくかを考えていた時間が終わり、
今度は、
食べたい方に、
どこまでお任せしてよいのかを考える時間が始まりました。
それはたしかに苦労です。
けれど、
暗い苦労ではありません。
「今日はこのくらいにしておきましょう」
そう言われると、
その方は少しだけ不服そうな顔をされます。
けれど本気で怒っているわけではない。
袋のほうを見て、
まだ食べたい気持ちを残したまま、
それでもどこか満ちた表情をしておられる。
その顔を見るたび、
戻ってきたものがあると分かります。
食欲が、ということではありません。
好きなものを好きだと言えること。
もう少しほしいと手を伸ばせること。
止められて少し不満そうにすること。
そうした小さな動きが、
その方のまわりに
前より少し賑やかな空気を連れてきました。
今日もまた、
その方は袋のほうを見ておられます。
職員が
「また今度にしましょうね」
と言うと、
その方は納得したような、
していないような顔で、
それでも手を引かれます。
その表情には、
少し足りない不満と、
もう一度食べられた満足の両方が残っています。
小さな願いほど、
叶えるまでに、
案外たくさんの手間と時間がいります。
けれど、
その手間の先に
その方らしい表情が戻ってくるのなら、
それを惜しむ気には、
どうしてもなれません。
もしよろしければ、
そうした小さな願いを、
小さなこととして扱わずに支えている
私たちの暮らしに、
触れていただけたらと思います。
ここでは、
お客様の「食べたい」という一言からも、
その方らしい毎日が
少しずつ戻っていくことがあります。
皆さまとのご縁を、心よりお待ち申し上げております。




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