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封を開けない手紙

2026年7月1日 

平素よりアライブ目白の運営に、温かいご理解とご協力を賜り、心より御礼申し上げます。
ホーム長の柳町です。

アライブ目白には、
封を切られていない手紙があります。

届いたのは、年の暮れでした。

封筒には少しだけ厚みがあり、
紙はわずかに硬く、
指先に、冬らしい乾いた感触が残りました。

宛名は、丁寧な文字でした。

けれど受け取ったお客様は、
封筒を手にしたまま、少し首をかしげられました。

「これ、誰から?」

差出人の名前が、
その方の中でうまく形にならなかったのです。

文字が滲んでいたわけではありません。
達筆すぎたわけでもない。

ただ、
そこに書かれているものが見えていても、
それがすぐには結びつかない様子でした。

認知症のある方と接していると、
そういう静かな途切れに出会うことがあります。

見えているのに、読めない。
読めないのに、胸が動く。

その方は封筒を両手で持ったまま、
しばらく黙っておられました。

スタッフが、
「開けてみましょうか」と声をかけました。

けれどその方は、
首を横に振られました。

「いい。あとで」

あとで。

介護の現場では、
ときどき聞く言葉です。

あとで。
少ししたら。
落ち着いたら。

その“あとで”は、
来ることもあれば、
とうとう来ないままのこともあります。

私たちも、
何度かさりげなく声をかけ続けました。

「開けましょうか」
「一緒に読みましょうか」

けれど、そのたびに返ってくるのは、
やはり同じ言葉でした。

「いい。あとで」

封筒は引き出しにしまわれました。

翌日も。
その次の日も。

忘れてしまったわけではありません。

ときどき引き出しを開け、
封筒を取り出し
少しだけ眺めて
また戻す。

その動きは、
迷っているというより、
「何か」を傷つけないようにしている手つきに見えました。

ある日私は、
少しだけ踏み込んで尋ねました。

「開けないのは、何か理由があるんですか」

その方はしばらく俯いたあと、
静かに言われました。

「開けたら、終わっちゃうでしょう」

私はすぐには返事ができませんでした。

その方は、
封筒を胸の近くに持ったままでした。

白い紙の角が、
指先のあいだで
かすかに折れそうになっていました。

あのとき私は、
その手紙が
読むためだけに届いたものではないのかもしれないと、
ふと思いました。

後日、ご家族に伺うと、
その手紙は、若い頃から言葉を交わしてこられたご友人からのものでした。

そんな話を伺ったあと、
私はその方に言いました。

「開けなくても、いいと思います」

その方は少しだけ目を細められました。

「そう?」

「はい。いまは、まだそのままで」

するとその方は、
小さく頷かれ、
封筒を胸の近くに引き寄せました。

「じゃあ、まだ取っておく」

今もその手紙は、
引き出しの中にあります。

手紙には、
開いて読まれるものもあります。

けれど、
開かれないまま、
その方の時間のそばに置かれているものも
きっとあるのかもしれません。

引き出しを開ける音がして、
封筒の角が、少しだけ見える。

そのたびに私は、
まだ終わっていないものは、
思い出せない形のままでも
残っているのだと感じています。

もしよろしければ、
そうして急がずに置かれている時間の中に、
ふと立ち会っていただけたらと思います。

ここでは、
封を切らないままの手紙もまた、
その方の暮らしの中で、
まだ少しだけ続きを持っています。

皆さまとのご縁を、心よりお待ち申し上げております。

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