2026年7月17日
平素よりアライブ目白の運営に、深いご理解と温かいご協力を賜り、心より御礼申し上げます。
ホーム長の柳町です。
少し前、この方が、
「柿の種が食べたい」
と仰ったことを書きました。
食べることに慎重さが必要だった時期を過ぎ、
ようやく口にされたその一言を、
私は何度も思い出していました。
好きなものを好きだと言うこと。
その短い言葉の中には、その方の毎日が、
もう一度、静かに動き始める音がありました。
けれど、その続きを見ることになるとは思っていませんでした。
ある日の午後。
担当職員から、
「楽譜があれば、弾かれるかもしれません」
そんな話を聞きました。
以前、ピアノの前では、
「もう忘れちゃったよ」
と笑われ、
「楽譜がないから分からない」
とも話されていたそうです。
そこで、その日は一冊の楽譜を用意しました。
車椅子でピアノの前へお連れすると、
その方は鍵盤ではなく、まず譜面へ目を向けられました。
急ぐ様子はありません。
譜面を開いたまま、しばらく動かれませんでした。
読んでおられたのか。
思い出しておられたのか。
それとも、昔と同じように譜面へ目を向けただけなのか。
私には分かりません。
やがて、右手がゆっくりと鍵盤へ伸びました。
ひとつ、
音が鳴りました。
誰も声をかけませんでした。
音が消えるまで、部屋には静かな時間だけが流れていました。
私は、そこで終わるのだと思いました。
けれど、その方はもう一度譜面へ目を向けられます。
そして、ごく自然に左手も鍵盤へ添えられました。
誰かが促したわけではありません。
そうすることが、長いあいだ身体に馴染んだひとのように。
音は止まりながら、また続いていきました。
鍵盤を探す指先もありました。
そして、途中で立ち止まるところもありました。
それでも、その方は譜面から目を離されませんでした。
その姿を見ていたとき、
不思議と私は、
あの日の様子を思い出していました。
袋へ伸びた手。
譜面へ向けられた眼差し。
その日の午後、私たちが見ていたものは、
変わったことではありませんでした。
続いていくものだったのだと思います。
演奏が終わると、その方は穏やかに笑って、
「また明日もやりたい」
と仰いました。
私は、
あの日の柿の種を思い出していました。
もしよろしければ、そうした小さな続きを、
日々の暮らしの中で大切に育てている私たちの日常に、
触れてみてください。
あとになって思えば、
あの日の柿の種は、
あの午後へ続いていました。
あの日、私たちの心に残ったのは、
最初の音ではありませんでした。
皆さまとのご縁を、心よりお待ち申し上げております。




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